水と酒づくり
- yasutaka oba
- 2024年9月15日
- 読了時間: 4分
更新日:2024年9月17日
美しい棚田から名水の里に運ばれてふくよかさをまとう。

前々回のブログ「自然農法」で紹介した愛媛県東温市河之内の米農家が栽培した「こしひかり」は同県西条市にある酒造会社で日本酒として醸造されていました。
愛媛県は南予と中予、東予に分かれ西条市は東予に位置しています。昔より愛媛県は越智郡杜氏や伊方杜氏をはじめとする、全国トップレベルの技術を誇る蔵元が多い酒どころです。古の酒づくりの伝統や技術は今も受け継がれ県内には30以上の蔵元が存在しています。ほとんどは小規模の蔵元ですが、昔ながらの伝統を頑なに守りながら丹念な酒づくりを続けています。
西条市は日本名水百選に選ばれ、全国利き水大会で日本一の栄誉にも輝くほどの名水の里。太陽と土と水だけを養分に無農薬・無肥料で育ったこしひかりは、美しい棚田から名水の里に運ばれてふくよかさをまとった日本酒になっていきます。
西条市の水がおいしいのは、四国の背骨である石鎚山系の伏流水が市内を流れる加茂川や中川を経て随所で湧きだしているためです。山から瀬戸内海までの距離が短く高低差が大きいことで、川が急流で淀まず水を悪くする成分が溶け込みにくいからだといわれています。
西条をふくめて愛媛の酒がまろやかで奥行きのある味わいなのは水が大きな役割を果たしていたのです。
水は日本酒に命を吹き込みます。

近年よく耳にするテロワール日本酒とは、米が栽培された土地の気候や水田の地形、土壌や水の恵みなどの環境要因から、その土地でしかつくり得ない酒のことをいいます。ワインではぶどう畑の地質や土壌成分が重要視されますが、日本酒では水なくしてテロワールは語れません。
西条市の水はやわらかく癖がありません。昔より酒づくりの勘どころは米研ぎにあるといわれ、付着した糠を洗い流す洗米・浸漬(給水)は酒づくりの重要な工程です。
お米が吸う水は、お米の品種や産地、精米歩合、その日の気温や水の温度などに左右され、なにより水の性質がものをいいます。日本酒のおよそ7割以上は水でできていいますから米とおなじほど水が大切。酒を表現するとは水の個性をお米で肉付けして表すことなのです。
水は日本酒に命を吹き込みます。蔵元が井戸から汲み上げ洗米や浸漬に使用している天然水は、農場のお米の旨味を生かす命の水なのです。
飯米である「こしひかり」は炊いておいしいお米ですが、蒸したらどうなるんだろうと思うことがよくあります。もちもちとした特有の粘りを酒に生かすのは、ずいぶん大変なんだろうなとも。きっと洗米や浸漬が重要のはず。
吸水時間が短ければ水分不足でお米が充分に蒸されないし、逆に長いと醪(もろみ)の発酵過程で溶けすぎてしまうでしょうから。
おそらく「こしひかり」のふくよかで丸みのある味わい引き出すには、米に吸わせる水の性質と量が決めているに違いありません。
いうなれば夜ごと全国の名水を飲んでいるようなもの。

日本の三分の二は山です。山肌を四方八方へとくだる水の束はやがて地中に染み込み、何年もかけて湧水となって湧き出してきます。水なしではヒトは生きていけません。ヒトだけではなく水の惑星の命は水が支えています。“水と生きる”というスローガンを某飲料会社が採用したとき、ずいぶん当たり前だなぁと思いつつも、その当たり前をあらためて自覚させられことが嬉しかった。話は壮大になってしまいましたが、その水が神社の裏山に湧けば聖水となり、蔵元の敷地内の井戸水となって汲みあがれば酒の原料になります。
酒づくりは嘘がきかない仕事です。愚直なまでに自然栽培にこだわったお米を炊きたてのごはんのような優しい甘味の酒に醸すためには、蔵もまたとことん水にこだわります。
今宵は愛媛の明晩は新潟のなどと地酒三昧の日々を送っていられるのも、たった今もこんこんと湧く清らかな水のおかげです。いうなれば夜ごと全国の名水を飲んでいるようなもの。甘露とはまさにこのことでしょうか。そんなことに思いを馳せつつ今宵も一献いただきます!

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